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現在地: Home 寺島実郎の発言 脳力のレッスン 2019年 岩波書店「世界」2019年8月号 脳力のレッスン208 仏教の原点と世界化への基点―――一七世紀オランダからの 視界(その58)

岩波書店「世界」2019年8月号 脳力のレッスン208 仏教の原点と世界化への基点―――一七世紀オランダからの 視界(その58)

 宗教論において、仏教は「無神論」に括られることが多い。また、比較宗教論において、「仏教は宗教ではない。心を探究する主知主義という意味において思想である」と論ぜられることもある。確かに、何を「仏教」とするかによって仏教に対する考え方は変わる。
 日本人が、一四〇〇年以上も影響を受けてきた仏教であるが、ブッダなる人物が約二五〇〇年前に拓いた仏教と、多くの日本人が理解している大乗仏教は違う。インドで仏教関係史跡などを見る機会を得て、「原始仏教」といわれるもののイメージが、我々が触れ合ってきた仏教とは大きく異なるという印象を受けた。

 

 

人間ブッダを見つめて―――仏教の原点の再確認

 

仏教の原点を確認するために、生身の人間としての釈迦(BC463~383年頃)に思いを馳せてみたい。ブッダとは「目覚めた者」という意味であるが、釈迦は古代北インドのカピラ王国のシャカ族(SAKYA)の王の子として生まれた。本連載44の「インド史の深層」で触れた如く、BC一五〇〇年頃にアーリア人(中央アジア遊牧民)がインド亜大陸に侵攻、シャカはアーリア系と先住民の混血とされる。釈尊として世界四億人の仏教徒の崇敬を集めるブッダだが、もし、この人物が至近距離にいたならば、その身勝手な生き方に疑問を抱くであろう。生後七日で母を失い、一六歳で結婚、ラーフラと名付けた男子を設けるが、瞑想的性格が昂じて、二九歳で妻子を捨て、「善が何であるか」を求めて出家、「老いと病と死」という人間の苦しみを見つめて三五歳で悟りを開き、以後八〇歳までの四五年間、ガンジス川のほとりの中部インドを布教して歩いたという。
ブッダは出家の後、二人の師の下で禅定(瞑想)によって解脱を得ようとしたが果たされず、次に肉体を極度に苦しめることで精神の自由を得ようとする「苦行」に打ち込んだ。徹底した不殺生のための断食、牛の糞を食べる糞掃衣、直立不動といった修行を試み、釈迦修行像のごとく、骨と皮だけになってしまった。にもかかわらず、解脱は得られず、ブッダは川で沐浴をし、村の少女スジャ-タが差し出した乳粥で体力を回復し、ブッダガヤーの菩提樹の下で七日間、思索・瞑想の後、悟りに至ったという。当時のインドにおいて「出家」という生き方は特異なものではなかった。悩み深い若者
にとって、流行りの生き方というか、社会的風潮ともいえた。山崎守一の「沙門ブッダの成立―――原始仏教とジャイナ教の間」(大蔵出版、2010年)など原始仏教に関する文献を読むと、ブッダの時代のインドは、四姓制度(カースト制)の最上位階層たるバラモン中心社会で、ブッダもバラモン教を基礎としながらも、それでは満たされぬ修行僧(自由思想活動家)たる沙門の一人となった。
 不思議な話だが、出家してから七年目、つまり悟りを開いた翌年、ブッダは一度故郷に帰り、父親たる王、そして妻子とも再会している。釈迦の実子ラーフラは、出家し戒律を授けられ、ブッダの十大弟子の一人に数えられており、無責任に家族を突き放したわけではなく、縁を繋いでいたとみられる。但し、肉親への愛・執着という次元を超えた「慈悲」がブッダの意思であったことも確かである。
ところで、もしブッダが出家することなく、王子の人生を生きたならば、彼のシャカ族の王国がコーサラ国の将軍ヴィドゥーダバによって滅ぼされる運命に巻き込まれ、亡国の悲哀に直面するか、あるいは剣をもって圧力を跳ね返して「轉輪王」(古代インド世界を統一する理想王)となっていたかもしれない。いずれにせよ、「血みどろの人生」を政治的人間として生きたであろう。だがブッダは、政治的争いを拒否し、非政治的人間として「解脱」の道を生き、そのことがあらゆる政治権力を超越して「仏教的価値」を屹立させる基点となったのである。ブッダが政治と距離を置いて、「善なるもの」を求めて内なる力を探究したことにより、仏教は権力を相対化する力を内在させたといえる。 四五年間の伝道を終え、涅槃に入るブッダの最後の言葉は「自燈明 法燈明」(自分自身を拠り所として生きよ、ブッダの教え(法)を拠り所として生きよ)であった。最後の二五年間、傍に侍者として仕えた弟子アーナンダへの言葉である。仏教最古の文献(BC400~300年以前の文献)とされる「スッタニパータ」(講談社学術文庫、2015/並川孝儀、岩波書店、2008年)などを読むと、生身のブッダの息遣いが感じられる。―――「ひとり離れて修行し歩くがよい。あたかも一角の犀そっくりになって」―――「いかなる存在をも根本的なものとして絶対視することなく」という言葉が心に残る。

 スッタとは「経」、ニパータとは「集」であり、スッタニパータは「経集」で、ブッダの死後、ブッダの十大弟子を中心に「結集」(釈迦の教えを継承する試み)がなされ、パーリ語聖典として南方上座部に伝わるものである。日本人は、日本に伝わった「大乗仏教」をブッダの教えと思いがちだが、修行者に残したブッダの生の声は「南伝の上座部仏教」に残っているのである。ただ、それだけでは仏教は世界宗教にはならなかったであろう。人間としてのブッダを見つめるならば、真摯に自らの心の内奥を問い詰め、欲望や苦悩からの解放を探究した修行者の姿が浮かぶ。ブッダ最後の言葉「自燈明」は、正に本音であろう。衆生の救済を語る前に、まず自らの心の制御に向かう意思に「ブッダの仏教」の本質があるといえる。
その後、ブッダの仏教は「大乗仏教」へと変化する。但し、それはあくまでもブッダの思索や意識を追体験した後世の弟子たちが、ブッダの悟りに至る思考基盤と格闘し、「加上」させた教理といえよう。

 

 

大乗仏教の登場――救済の宗教への転換

 

  大乗仏教の「大乗」とは「大きな船」という意味で、仏教がより多くの衆生の救済を視界に入れる方向に変化したことを意味する。中央アジアから中国、朝鮮半島、日本へと伝来した仏教が「大乗仏教」である。対照的概念として「小乗仏教」という表現があったが、見下したような響きがあるため、近年は「上座部仏教」という表現が使われている。「上座」とは出家者のことで、この上座部仏教こそスリランカ(BC3世紀頃)、ミャンマー(11世紀頃)、タイ(13~14世紀頃)などに伝わった「南伝仏教」で、修行者(沙門)としての悟りの道を探究した「ブッダの仏教」を伝える正統派と言える。
中東一神教における「聖書」「コーラン」のような唯一の教典がなく、絶対神を中心に据える原理もなく、心の内側に向かう主知主義(気付きの探求)に重きを置く仏教は、多様な解釈がなされる可能性を内包しており、「加上」のプロセスこそ仏教の真髄ともいえる。「救い」の思想を拒否していた仏教が、何故「衆生の救済」に向かったのか。それはブッダの死後、五〇〇年が経過する社会状況の変化の中で、仏教も修行者の宗教だけではいられなくなったということであろう。BC三一七年頃、チャンドラグプタがマガダ国を滅ぼし、マウリヤ王朝を創始、その孫にあたるアショーカ王(在位BC268~232年頃)
の頃、王朝は最盛期迎え、インド空前の大帝国を形成した。そのアショーカ王が仏教に帰依、仏法に基づく「正法国家」の建設に力を注いだ。仏教教団も盛大となり、それが教団分裂の伏線となった。宗教の政治化は必ず「権力に取り込まれるもの」と「それを拒否するもの」との断裂を生むのである。
大乗仏教の誕生に大きな役割を果たしたのが龍樹(150~250年頃)であった。本連載54で「キリスト教を世界化させた基点が使徒パウロである」と述べたが、仏教を世界化する理論的基盤を構築した人物が、大乗系八宗の始祖とされる龍樹である。近年の研究では、龍樹という存在は一人ではないとする複数人説が定説のようだが、仏教思想の柱である「空」への視界を体系化したのが龍樹である。
「空」とは「存在する者には実体がない」という考えに立ち、あらゆる執着からの解放(とらわれない心)を志向する視座である。大乗仏教を凝縮したともいえる「般若心経」の冒頭が意味する「観自在菩薩は、完全なる智慧の完成に向けた実践において、存在するもののすべては実体のないものと見抜き、一切の苦悩や災禍をとりのぞいた」という世界観を産み出したのである。無常なるものを常であると執着し、もがき苦しむことからの解脱を示唆しているのである。多くの日本人に「写経」などを通じてよく知られているのが「般若心経」であるが、「般若」(ハンニャ)は「完全なる智慧」(全体知)を意味し、「波羅蜜多」(ハラミッタ)は「完成」を意味するという。実体のないものに執着せず、「完全なる智慧」に近づく意思を込めた経典なのである。
二一世紀の現在、存在すると思い込んでいるものが「空」であるという視界は、デジタル革命の中で常態化し、むしろ違和感なく受け止められるのではないか。バーチャル・リアリティーにおいて「仮想」と「現実」の境界は一段と不明となり、自分に不都合な情報はすべて「フェイク」(虚構)として否定する大統領が米国に登場、さらに、アイドル、キャラクター、ゲームといわれるものへの感情移入の激しさ―――我々は、虚構を虚構と知りながらも埋没する心性に陥りつつある。積極的に虚構を受け入れる心性の先にあるものは何か。おそらく、それは虚構の影に進行する不条理を拒否する力を見失わせ、現状を変革する意思を拡散させるであろう。「空」を認識し、我執を制御することを目指した大乗仏教は、新たな真価を試される局面にある。「イマ、ココ、ワタシ」だけを優先させる虚偽意識に埋没することからは、「衆生の救済」は進まないからである。
 脳科学の進化によって、脳が意識を構成するメカニズムが検証されるにつれ、仏教に
おける「唯識」が新たな意味を浮上させている。脳神経外科医である浅野孝雄の「古代インド仏教と現代脳科学における心の発見」(産業図書、2014年)は「複雑系理論に基づく先端的意識理論と仏教教義の共通性」を検証するものとして興味深い。「唯識論」を大成させたといわれるのが世親(ヴァスバンドゥ、400~480年頃、諸説あり)であり、大乗仏教における「唯識」論は人間の意識の深奥を極める志向である。人間の意識には、眼識、耳識、鼻識、舌識、身識という五つの識の他に六識としての「理知、感情」に加え、七識としての「末那識」(自我意識)、さらにその奥に潜在する八識としての「阿頼耶識」(虚妄分別)があるという視界が存在する。七つの識下に「特異点」(Singularity)を超した思考が創発されることを意味する「阿頼耶識」が、大脳皮質ニューロンの創発作用と呼応することが解明されつつある。人工知能(AI)を探究するコンピュータ科学と人間の脳を解明する脳科学、さらに人間の心の奥底を制御しようとする仏教という三つの研究の接点が拡大しているといえる。それが人間社会にいかなるパラダイム転換をもたらすかはまだ不明である。

 

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