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岩波書店「世界」2017年12月号 脳力のレッスン188 日本政治の活路を探る―――二〇一七年総選挙解析

 第四八回衆議院選挙が終わった。「自公三分の二で圧勝」という結果だが、「野党の体制が整う前に意表を突く解散」に打って出た政権の思惑からすれば、微妙な結果だった。前回の二〇一四年選挙での自民党獲得議席は二九一(解散前議席は二八四)であり、定数が一〇減って四六五になったことを考慮しても、今回の二八四は前回比減少なのである。与党議席占有率でも六八・四%から微減の六七・三%となり、大山鳴動、結果は与党微減という数字に落ち着いたのである。
一方、小池百合子代表率いる「希望の党」なる試みも無残に空転、与野党ともに政治家の思惑とは異なる方向に流動化、つまり敵の寝込みを襲うウルトラCも、「野合」といわれようがサバイバルを賭けた「民進と希望の合流」という「回転海老固め」も、狙い通りとはいかなかった。ここに民意があると受け止め、今回の総選挙を再考しておきたい。安倍政治への期待逓減の中での苦肉の着地点という結果を受け、日本政治の活路を熟慮すべき時である。国民の苛立ちのマグマは封印されたようにみえるが、臨界点を迎えつつある。

 

 

 

注視すべき二つの数字―――投票率と自民党得票率

 

野党が分裂、分散している限り、小選挙区制は与党優位に働く。今回の「与党圧勝」の要因は、何よりも野党分裂であった。野党分裂型小選挙区二二六の内、与党勝利は一八三で、勝率は八一%であった。与野党一騎打ち型の小選挙区五七の場合、与党勝利は三八で、勝率は六七%と、一対一の選択の構図に持ち込むことが野党の勝機を高めることは歴然としている。ただし、野党の合従連衡などという戦術論を超えて、日本の政治の本質を直視する必要がある。二つの数字を注視したい。
まず、投票率である。一八歳に投票年齢を引き下げて初めての国政選挙でもあり、投票率が注目された。前回二〇一四年衆院選の投票率は五二・六六%、今回は、台風二一号接近という悪天候の中、五三・六八%と若干上向いたが、戦後二番目の低投票率であった。二〇〇九年の民主党への政権交代選挙の六九・二八%という時もあったが、このところ有権者の半分程度しか投票しないというのは、やはり政治への国民の関心が希薄化していることは否定できない。
もう一つ、注目すべきは比例区の自民党得票率である。小選挙区への投票は、候補者個人への評価や地域の事情が絡むが、比例区での自民党への投票は「自民党を積極的に選好する」ということで、自民党政権への国民の評価を投影する数値になるからである。この数字、前回は三三・一%であり、今回は三三・三%でほぼ横ばいであった。ちなみに、小選挙区(全国総計)の自民党の得票率は四八・二%で、この差に選挙制度の怖さがある。
比例区での自民党得票率をさらに踏み込んで、「投票率×自民党得票率」と考えるならば一七・九%(前回は一七・四%)となる。つまり有権者人口のわずか二割にも満たない積極的支持によって、自民党の議席占有率六一・一%(前回は六一・三%)が実現してしまうのである。
このことが選挙で国民が預託したこととは違う方向に政治が進む要因である。この点は本誌10月号の「二〇一七年夏への思索―――内外の退嬰の中で」において、「官邸主導政治なるものの限界」として論じた。内閣法を改正して、官邸が省庁の幹部人事を掌握したことによって、官邸への「忖度」が跋扈する行政となった構造(その表出としての森友・加計問題)、内閣による解釈改憲が主導した「集団的自衛権の容認」と「安保法制」への流れ、さらに国家権力の強化を志向する「共謀罪」の強行成立など、国民の期待とは異なる「官邸主導政治」に日本が引き込まれてきた。
与党三分の二となった議会は、皮肉にも官邸政治を追認する手続き装置となり、議会での議論を通じて国の意思決定の質が高まることはなくなっていった。皮肉にも、与党三分の二の議会が「議会軽視」の基盤となったのである。
つまり、選挙制度のパラドックスが現在の政治状況を生み出しているのであり、冷静に認識すべきは、選挙結果としての与党三分の二の議席は、決して安倍政権支持の三分の二ではないということである。貧困な選択肢の中からやむなく選択した帰結であり、本当の「国民の意思」の所在地を深く考察し、配慮する思慮深さが政治の側に不可欠なのである。

 

 

 

条理なき解散―――「政治で飯を食う人達」の自堕落

 

   政治に大義などなく、党利党略で動くことなど驚くべきことではないという人もいる。だが、今回の解散については、日本の政治を取り巻く全体状況への国民目線からの素朴な疑問を感じざるをえない。改めて、国会議員という仕事を考えてみよう。国会閉会後、二カ月の夏休みを過ごし、九月末になっていよいよ会期が始まるかと見ていたら、何の審議もなく冒頭解散、そして七〇〇億円をかけた総選挙ゲームでの狂奔―――その国会議員に年間一人二億円の税金を使っている現実―――世の中にこんな職業が他にあるだろうか。
「解散は首相の専権事項」だという。だが、憲法第七条「天皇の国事行為」第三項たる「内閣の助言と承認による解散」を根拠にそういうのであれば、「専権事項」というのは間違いである。内閣での透明性の高い議論、議会、メディア、何よりも国民世論が解散を求める経過を踏まえて総選挙をすべきで、もっともらしい理由をつけての任期前解散を連発し、五年で三回もの総選挙を行うことが異常なのである。
政治屋と「世論調査」を仕切る代理店と選挙業者の卑しさというべきか。対抗勢力の分散と準備不足、そして北朝鮮問題を背景にした「国難」意識が与党への追い風と判断した解散であることは明らかで、政治を商売にする人達の自堕落さには吐き気を覚える。
この解散・総選挙について、私自身も何回かの発言の機会があった。例えば、週刊エコノミスト誌(2017年10月3日号)に「解散・総選挙は日本政治の劣化―――日本版『オリーブの木』が必要だ」を寄稿したが、私の本音は「国民参画」の政治の実現であり、政党間の綱引き、合従連衡を超えて、例えば重点選挙区五〇ですべての野党が候補者を降ろし、学者、文化人、NPO・NGO団体のリーダーなど納得感ある候補者を立て、与党絶対多数を崩す「オリーブの木」方式の可能性を示唆するものだった。
結局は、野党間の「合流」、「共闘」というだけの選挙に終わり、選挙戦の構図が明らかになった時点で、同じく週刊エコノミスト誌(10月24日号)に、与党大勝を想定しながらも「液状化した政治に活路も、与党三〇七議席が転換点に」を寄せ、一強政治への対立軸を模索する視点を語った。今回の結果を受けて、何も変わらない日本へのため息も聞こえるが、静かな地殻変動は起こっており、変革への糸口を探っておきたい。
 それにつけても、「何故、解散をするのか」を含め、日本の政治の在り方を問うべき政治ジャーナリズムの虚弱さに疑問を感じざるをえない。官邸への距離の近さをアピールする得意顔の解説者、バラエティー番組のノリで劇場型政治に加担するTVメディア、そこには筋道通った民主政治のあるべき姿を求める意思は皆無である。永田町の論理に同化した卑しさが溢れ、国民の側から考えようとする視界はない。

 

 

何故、『希望の党』は希望を失ったのか

 

   わずか三か月前の二〇一七年七月の東京都議会議員選挙で大勝した小池都知事率いる「都民ファースト」は、国政政党「希望の党」となり衆議院選挙に臨み、民進党の大半の議員が「合流」して、「安倍一強政治の受け皿」になることを狙い二〇〇人以上もの候補者を立てて与党に挑戦したものの、あえなく敗北、わずかに五〇人の当選に終わった。
 当初の政権交代さえ狙う勢いが急速に失速したのは、小池代表の尊大で偏狭な「排除の論理」であった。「安保法制」と「憲法改正」に賛成しなければ、民進党からの合流を排除するという発言は、止まり木政党としての役割を喪失させた。「国民ファースト」に徹し、重要課題についての国民の意思を見極める配慮が必要だった。「安保法制」と「憲法改正」に賛成することを政策の軸にするということならば、第二保守党作りのカラクリだと国民は見抜いたのだ。
政策を問うのであれば、準備不足を超えて、国民の心を捉える政策が希薄であった。例えば、国民政党に求められる経済政策、アベノミクスの影に生じている格差と貧困に対する問題意識、つまり分配の公正に関する政策論が欠落していた。また、唐突に「脱原発」を掲げていたが、安保法制に賛成という政党が、「核の傘と日米原子力協定はコインの裏表」という常識に還って、対米関係の再設計のないまま、いかなる形で「脱原発」を実現するのか、矛盾が顕著であった。
政策による「排除の論理」に拘泥する割には、空疎な政策論しか持ち合わせず、いかに安倍政権の驕りと歪みを批判して「改革」を訴えても、一向に何を改革するのかを示さないまま、「希望の党」は希望を失っていった。
一方、排除されたはずの「立憲民主党」の方に「リベラル・バネ」とでもいうべき力学が働き始めた。国民の投票行動を継続的に分析すると、どんなときにも「保守」という人が約三割、どんなときにも「リベラル」という人が約三割存在する。選挙結果を左右する上で重要なのはその中間にある約四割の国民、つまり「保守リベラルから中道リベラル」まで、左翼でも右翼でもなく、安定した市民生活を望む「非政治的人間」である。
「改革」を語りながらも「国家主義、国権主義」的本音を明らかにし始めた小池代表の「排除の論理」に違和感を覚え始めた中間層の「迷い」が、その受け皿として「立憲民主党」に向かい始めたのである。単なる「排除された者」への「判官びいき」ではなく、国権主義に傾斜する政治への危機感が緊急避難的に立憲民主党に向かったのである。比例区の得票率は「立憲民主党」が一九・九%、希望は一七・四%であったが、この合計三七・三%のゾーンが保守から中道にかけてのリベラルの潜在母体になる層といえよう。
ただし、立憲民主党といっても、付け焼刃の政党であり、勢いで当選した面々をみても、旧態依然とした「左翼」や口先だけの市民運動家流れの政治家も多く、新時代を切り開く展望など期待できる状態ではない。改めて、リベラルの意味を問い返しておきたい。自民党のリベラルの中心にいた宮沢喜一は、「リベラリズムの主軸は一億一心の対極にある」という言葉を残しているが、戦中戦後を生き「国家主義、国権主義」吹き荒れる時代の危険を深く認識していた宮沢ならではの本質を衝いた言葉だと思う。
この局面で、あえて引いて再考するならば、小池新党「希望」の歴史的役割は、民進党なる鵺のような存在を生体解剖し、構成員それぞれの出処進退を問い詰め、野党再編の契機となったことである。だが、さらに視点を変えてみるならば、民主党―民進党と変容しながら生き延びてきた政治家の生命力は異様であり、政権を失った二〇一二年総選挙には五九人にまで縮小していた民主党が、二〇一四年総選挙で六四人、その後「民進党」という体制となり、今回の選挙を経て、「立憲民主」「希望の党」「無所属」という形で分散しているが、旧民進党系といえる当選議員は一二二人もいる。むしろ、名前を変えて「焼け太り」しているともいえ、不気味でさえある。この間、二〇一二年に四九議席に躍進していた「維新の会」は一四年選挙では三九議席、その後分裂の挙句、今回は一一議席と、大阪の地域政党へと埋没した。これらの動きに関わった職業政治家という人達に真剣に問いたいのは、政界液状化の中、「自分がいかに議席を守り、生き延びるか」ではなく「何のために政治に関わっているのか」という一点である。
この政治状況の最大の問題は、政治が政治家だけで弄ばれ、国民が参画していないということである。つまり、現代日本を生き、経済産業、文化、アカデミズムの一隅を照らして生きている人達の英知が日本の意思決定には反映されず、職業政治家のサバイバル・ゲームとそれに纏わり付く人達の貧困な世界観を反映した政治に終始していることである。国民参画のプラットフォームを如何に拡充するか、それがこの国の政治に求められるテーマである。

 

 

 

日本政治の活路を求めて―――国民の政治のために

 

  この夏、北海道、岩手、宮城、長野、愛知、京都、大阪、鳥取、熊本、長崎など全国を動き、とくに企業経営者と対話してきた。多くの経済人は基本的には「保守」で、政治の安定を望む立場において、衆院小選挙区となると自民党に投票するしかないという空気を漂わせているが、地方経済の現実、北朝鮮、森友・加計問題などを背景に「日本の政治がうまくいっているとは思えない」という苛立ちを率直に語っていた。
 また、私は大学の教壇に立ち、日常的に大学生に向き合っているが、この夏は高崎、千葉、八王子などの高校を訪れ、高校生にも向き合ってきた。今回の衆議院選挙における投票行動において、NHKの出口調査によれば、「一八~二〇歳代の若者の四九%が自民党に投票した」という。若者の「保守化」は実感でもある。深層にある心理は「現状への満足」というよりも「将来への不安」であり、政治の「安定」を求めているのである。液状化し混乱する野党が放つ言葉に「希望の持てる未来」を感じないのである。
 日本は今、戦後民主主義を熟考・定着させる正念場に差し掛かっている。我々は深呼吸し、国権主義吹き荒れる中で表層的には旗色の悪い「リベラルの価値」を踏み固めねばならない。私は、この連載を通じ「リベラル再生の基軸」を模索してきた。とくに、三・一一の衝撃と「一億総保守化」ともいえる潮流の中で、持ち堪えるべき「リベラル」とは何かを探り、二〇一四年初には「脳力のレッスンⅣ・リベラル再生の基軸」(岩波書店)として単行本化した。その論稿で、直視すべき政策課題として提起したのが以下の五つであった。ここでは再論しないが、この課題を突き詰めることが「リベラルの基軸」だと考える。


課題1、対米関係の再設計―――日米同盟の進化(米国への過剰依存への解消)
課題2、公正な分配の実現(格差と貧困の抑制、金融資本主義の制御)
課題3、平和国家精神の再起動(憲法九条理念の実体化)
課題4、原子力再考――「非核」のための原子力政策(原子力技術基盤をどう維持するか)
課題5、代議制民主主義の鍛え直し―――国会議員定数の三分の一削減


 安倍政権も五年が経過、この政権の政策論的行き詰まりは顕著である。「官邸主導政治」の限界というべきか、内政・外交ともに構想力の貧困という壁に閉ざされているか。内政では「アベノミクス」の名の下に、異次元金融緩和と財政出動の繰りかえしで政治主導の株高を演じているが、取り残された国民生活(所得と消費の低迷)と分配の不公正が顕在化し、経済と財政の秩序を歪めてしまった。また、「現実主義外交」として、強権的性格を強めるトランプ、プーチンと波長を合わせる貧弱な外交に堕し、「沖縄問題」や「国連核兵器禁止条約」への姿勢が象徴するごとく、外交での理念的指導力を失いつつある。アジアの有識者は日本が「成熟した民主国家」ではなく「偏狭な国家主義」を強めていくことに懸念を抱き始めている。歴史の記憶があるからである。
 政治への行き場のない苛立ちは膨張している。今後、政党再編などが繰り広げられるであろう中で、二大政党制を根付かせるためにも、選択肢の鮮明化、つまり政策基軸を明確化する必要がある。一九九七年に英国の労働党が一八年ぶりに政権を奪還した時、アンソニー・ギデンスの「第三の道」が政策基軸のテキストとなったように、政策の基盤インフラが要るのである。政治家だけの議論ではなく、国民参画型で政策軸を打ち立てたところが流れを創り出すであろう。

 

 

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