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 私には何とか実現したい夢があった。それは、世田谷の駒沢にあった書庫を都心に持って行き、知的活動の基点にしたいというものであった。

 思い起こせば、学生時代から社会人になっての6~7年間、つまり1970年代、駒沢の家の二階の部屋で、十人前後の友人を集めて、しばしば勉強会を開いていた。時事的テーマや世界情勢に関する報告と議論、相互啓発の場であった。

 1981年、サラリーマン生活をしながら研究と文筆活動を試みる私の部屋が本で溢れていくのを見かねた母が庭に書庫を建ててくれ、1987年から十年間の 米国での生活の期間も必要とする本を書庫から見つけ出し送ってくれた。1997年の帰国を機に増築、今日までもの書き場となってきたが、次第に文献の集積 や知的生産の場としてだけでなく、仲間や後進達の研修、研鑽、相互啓発の場として活用する必要を感じ始めた。そのためにはできるだけ便利な都心に、書庫を 中核とする知的活動の基点を築くべきだと決断し、色々と可能性を探っていたが、縁あって九段の地にほどよいビルを見つけることができた。

 まずは、このビルを改修し、私の集めた書籍・文献の中で、特に地歴に関わる社会科学のものを移し、知的生産・発信の場であるとともに、情報交流、知的相互 啓発、研修・研鑽の拠点に育てていきたい。何やら物事の本質を考える知的基盤が劣化している感のある社会状況を睨み、ゆったりと活動を深めていきたい。

 実は寺島文庫のある九段という場所は、江戸時代に滝沢馬琴が二十八年間も費やして、「南総里見八犬伝」を書いた場所でもある。「南総里見八犬伝」という物 語は実に良くできていて、あの時代の一つの価値でもあった「お家再興」という目標のために、飛び散った八つの玉を持った八犬士が力を合わせるという物語で ある。

 その玉に書かれた文字が「孝」「仁」「信」「義」「礼」「悌」「智」「忠」の八つで、古めかしいようだが日本人の価値意識の深層に埋め込まれたものでもある。

 もし、寺島文庫に集い何かを共有した若者が、必ずしも日本人だけではなく、世界に飛び散ってそれぞれの夢を実現するために戦ったならば、それはそれで心躍ることである。

 寺島文庫は目的をもった塾でも道場でもない。ただ、論語にある「北辰の其の所に居て、衆星の之に共(むか)うがごとし」という言葉を大切にしたいと思う。 北極星は微動だにしないが、その周りに衆星が集うというもので、この文庫の存在が混迷するこの時代における北極星でありたいということである。

 

 寺島文庫の志・思いについては、脳力のレッスン2009年7月号もご参照下さい。