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岩波書店「世界」2016年11月号 脳力のレッスン175特別篇 二〇一六年の米大統領選挙の深層課題―民主主義は資本主義を制御できるのか

 何とも色あせた対決となったものである。二〇一六年米大統領選は七〇歳の共和党D・トランプと六八歳の民主党H・クリントンの戦いとなった。シルバー・デモクラシーの究極の選択である。高齢だということだけではない。何の新鮮な要素もない不人気な候補者が二大政党の党内事情で生き延び、お互いの過去を攻撃し合いながら未来なき選択を国民に迫っているのだ。世界と米国が直面する問題について世界のリーダーたるべき国を率いる大統領としてはあまりに未来ビジョンに欠けることは明らかであり、この選択自体「劣化するアメリカ」を象徴している。米国が英国に代わり世界のリーダーとして台頭した頃のウィルソンの「国際連盟構想」にせよ第二次大戦期のルーズベルトのニューディールや「平和の構想」にせよ、冷戦期に向き合ったケネディの「自由を守る義務」にせよ、次の時代に向けた理念性において米国を際立たせたが、二人の候補にそうした構想力はない。時代が人を呼ぶのか、人が時代を象徴するのか、これが今のアメリカなのである。

 米国の大統領選挙は、その仕組みにおいて次世代を担う若いリーダーが登場するチャンスを孕んでいる。日本のような議員内閣制は、代議者の投票で首相を決めるため、どうしても政治のボスが選ばれがちだが、国民が直接選ぶ米国の大統領制は、議員、州知事、ビジネス・リーダー、社会運動家など広いジャンルから候補者が登場するため、これまでもライジング・サン型の指導者を創りだしてきた。JFKが選ばれた時は四三歳、ビル・クリントン四六歳、オバマも四七歳であった。ヒラリーとトランプ、どちらが就任してもこれまでの最高齢、R・レーガンの六九歳に匹敵する高齢なのである。

 

 

 

二〇一六年米大統領選挙―――不毛の選択への視界

 

  

 ビル・クリントンが米大統領選挙に登場した一九九二年、私はNYでの四年の生活を終え、ワシントンで仕事をしていた。ビル・クリントンは一九四六年生まれで私にとっても同世代であり、当時アーカンソー州知事であったこの人物に注目し、「冷戦後のアメリカを率いるリーダー」として期待もし、彼に関する情報を集めた。そして、寄稿したのが「アメリカの新しい歌――クリントンとは何か」(『文藝春秋』一九九三年八月号)であり、その結末を見る思いで書いたのが「結局、クリントンとは何者だったのか」(『フォーサイト』一九九六年四月号ト)であった。
 調べるほどに、米国のベビーブーマーズ世代の先頭に立つ形で登場してきたこの人物が、思想、信条、哲学を練磨してきたのではなく、「カメレオン型パーソナリティー」と表現する心理学者もいたが、その場に適当に合わせて変容して生きる人物であることに気づいた。「ベトナム徴兵忌避」「フリーセックス(爛れた異性関係)」「ドラッグ」というこの世代のアメリカ人が手を染めたネガティブな話題にはことごとく関与し、巧みな言い訳で自己正当化を図る鉄面皮な政治家であった。
 だがこの人物は今日でも米国民に嫌われてはいない。笑いながら妻の大統領選挙キャンペーンの横に立っている。モニカ・ルインスキーという研修生との「不適切な関係」が記憶に残るが、八年間の任期が冷戦後のアメリカが唯一の超大国として存在しえた期間でもあり、米国人にとって9・11に襲われる前の比較的幸福な時間のリーダーという印象があるのかもしれない。しかしクリントン政権は、財務長官サマーズ、同次官ガイトナー体制の下に新自由主義的な政策を展開、一九九九年には銀行と証券の垣根を設けたグラス・スティーガル法(一九三三年制定)を廃止し、ウォール街による金融資本主義の肥大化を招き、二〇〇一年のエンロンの崩壊、〇八年のリーマンショックへの伏線を引いたといってよい。つまり、「強欲なウォール街」に拍車をかけた政権であった。
 ところで、前記の「クリントンとは何者なのか」という論稿において、私はビル・クリントンと同じ年生まれの経済人としてトランプとマイケル・ミルケンに論及していた。二人は同じくウォートン・ビジネススクールを卒業、トランプはNYのビルの再開発を進める「不動産王」として、片やミルケンはウォール街の「ジャンクボンドの帝王」として時代の寵児のごとく話題を集めていた。ミルケンはその後インサイダー取引で逮捕され、映画『ウォール・ストリート』の主役のモデルとなる運命を辿るが、金融工学のフロントランナーとして「リスクをマネジメントする新しい金融ビジネスモデル」を生み出した人物で、マネーゲームを肥大化させた張本人でもあった。一方トランプは父の威光の中でNYのビルの再開発を進める目立ちたがり屋、スキャンダルまみれの好色家で、とても実業を生きる誠実な事業家とはいえぬ存在であった。
 九〇年代初頭、既に時代の最前線に登場していたクリントン、ミルケン、トランプという三人のベビーブーマーズを見つめながら、「この世代にまともな人物はいないのかね」という思いが込み上げてきたものである。あれから二五年、再びアメリカは代わり映えのしない選択肢の中でもがいている。
 ヒラリーとトランプ、この二人もアメリカの戦後なる時代を歩いてきた。第二次大戦の戦勝国であり、一九五〇年代の米国は冷戦期の西側のチャンピオンとして「黄金の五〇年代」を謳歌し、幼少年期だったベビーブーマーズは「偉大なアメリカ」へのノスタルジーを感じるはずである。キューバ危機と向き合ったJFKとその暗殺、そしてベトナム戦争で疲弊し七五年サイゴン陥落を目撃した青年期、映画『七月四日に生まれて』ではないが同世代の友人が戦争に傷つき死んでいったのを体験したはずである。そして七九年イラン革命後の中東における迷走、冷戦の終焉と9・11後の混迷と、知見のある米国人ならば暗転する祖国に深い悲しみを覚えたであろう。こうした時代と並走した心象風景を二人はどこかに内在させているはずである。誠実に向き合ったか否かは別にして。
 対照的に見えるトランプとヒラリーだが、戦後アメリカが生み育てた世代のコインの裏表である。ホームルームにこの二人がいるクラスを想定し、その後の二人の人生を想像しながら読み進めてもれえればその同質性が見えてくるであろう。ヒラリーは聡明で野心的な上昇志向の女性で、計画通り高学歴を極め奨学金による欧州留学で知り合った青年ビル・クリントンと結婚した。J・ムーアの『クリントン 急ぎ足の青年』(Clinton: young man in hurry, 1992)は彼の本質を描き出した本だが、決して優れた資質を持ってはいないが「負け続けても級長選挙に立候補し続ける異様な上昇志向を持つ」「恵まれない出自を留学・ロースクールといった金メッキで覆い一流を装う青年」と描写されている。この乗りの良い危い青年を操縦し、夫婦の情愛を超えてクリントン・ブランドの事業の共同経営者として生きてきたのがヒラリーであった。
トランプは父親の威光と支援でビルの再開発やカジノの経営で「金ピカのアメリカ」を象徴するように生きてきた男であり、人生を貫く価値は「DEAL(取引)」である。はったりで相手をたじろがせ落とし所で取引するワザが人生だと考えている。思慮も哲学もない反知性的存在なのだが、その彼が饒舌なヒラリーとの対比において率直で本音を語る人物に見える瞬間がある。彼が大統領候補として台頭した過程には「民主党の大統領候補はほぼヒラリーになる」という状況が前提として存在していた。彼女への国民の不信感、「ヒラリーは嘘つきで何かを隠している」という印象に火をつけたのが彼の歯に衣着せぬ舌鋒であった。彼女への拒絶感がトランプを際立たせたともいえその意味で二人はコインの裏表である。

 

 

 

オバマとは何だったのか―――二〇一六年の選択はその結末でもある

 

  

 オバマの八年が終わろうとしている。オバマ政権は「イラクの失敗」と「リーマンショック」が成立させたといえる。イラク統治の失敗と消耗に苛立っていた米国民は、イラク戦争に反対していたオバマの「イラクからの撤退」という主張を支持した。民主党の大統領候補の座を競っていたヒラリーが「イラク戦争に賛成していた」という事実が、二〇〇八年に彼女を失速させた一因であった。また、直前のリーマンショックの衝撃が「強欲なウォール街を縛る」という彼のメッセージが国民の支持を引き付けた。公約に対しオバマは一応やることはやったともいえる。イラクからの撤退については二〇一〇年八月に主力部隊の撤退を開始、一一年には訓練部隊を除き全面撤退、結局米国はイラク戦争後、六八八三人の米兵士を死なせイラクを去った。ただし、アフガニスタンについては〇九年一二月に三万人の増派を余儀なくされ、「オバマのベトナム」といわれるほど泥沼に引きずり込まれ続けたが、一二年以降は順次撤退開始、中東における米国の軍事プレゼンスは、石油権益を持つ湾岸産油国を除き、大きく後退した。それが、イラクのスンニ派過激勢力を起点とするISIS(イスラム国)なる存在を生み、シリアの混乱、そしてイスラム・ジハード主義者によるテロの拡散を誘発し、米国民の不安と苛立ちは増幅されるばかりである。アトランティック誌は9・11以来の米国のホームランド・セキュリティーのための費用が一兆ドルに達したという特集を組んだ(二〇一六年九月号)。
「ウォール街を縛る」という公約についても、何もしなかったわけではない。二〇一〇年七月に「金融危機の再発を防ぐ」として金融規制改革法を成立させ、「監督体制強化、機動的破綻処理、高リスク取引の制限、ヘッジファンドの透明性向上」など一定の方向付けを行った。一九八〇年代からの金融市場の競争促進(自由化)で動いてきた米国の政策転換と見方もあったが、したたかなウォール街にとっては「ザル法」にすぎず、その後の経緯をみても、FINTECHなる言葉に象徴されるごとく、ICT革命の成果を金融に取り入れた複雑怪奇な「ルール不在の領域」が増殖しており、マネーゲームの制限は中途半端なものに留まってしまった。
 オバマの八年の最終局面における米国経済は堅調を維持している。リーマンショック後、二〇〇九年に前年比▲二・八%に落ち込んでいた実質GDP成長率は二〇一〇年代に入って堅調に転じ、二〇一四年からは二年連続で二・四%成長を達成、本年も二%台の成長が見込まれている。先進国の中では際立って高い成長軌道にあり、リーマン後一〇%を超していた失業率も四・九%(8月)と、大きく改善した。金融政策も引き締めを模索する段階に至り、量的緩和(QE3)も一四年一〇月に終わらせ、政策金利も一五年一二月に〇・二五%引き上げ、年内に更なる引き上げを探る段階を迎えている。
しかしながら、米国経済の好転をオバマ政権の成果とする認識は米国民の中にはない。何故か。米国経済好転の要因は大きく二つある。一つは化石燃料革命であり、北米大陸の足元からシェールガスやシェールオイルが生産され、米国が二〇一四年から世界一の原油・天然ガスの生産国になったことである。このところ生産過剰で価格の軟化を招き、米経済の不安定要素にさえなっているが、基本的には化石燃料の増産は米国の追い風要素として機能してきた。このことは、「再生可能エネルギー重視」「グリーンニューディール」といってスタートを切ったオバマ政権にとってはまことに皮肉な話である。
  もう一つは、IoTといわれる情報技術革命の新局面であり、米国経済・産業活動のあらゆる局面において、BIGDATA時代を迎えた情報技術革命の成果が浸透し、効率化と生産性向上に機能しているという要素である。確かに、米国の企業活動の現場を見るとネットワーク情報技術革命の浸透を実感するし、UBERのような自動車社会を「所有から共有に」変える新しいビジネスモデルが生まれつつあることもわかる。
だが、マクロ経済指標の好転にもかかわらず米国民の苛立ちの背景にある構造にも気付かざるをえない。注目すべきは貧困率の高まりである。米国には「貧困率」という統計があり、二〇一四年の場合、四人家族で年収二・四万ドル(日本円で二六〇万円)以下の家計を貧困とするという指標が存在する。二一世紀に入って貧困率は二〇〇〇年の一一・三%から一四年には一四・八%にまで上昇しており、特に白人の貧困率が増えている(下表)。この「プアー・ホワイト」がトランプに心動かされるトランプ現象の震源地になっているのである。

 

 

  堅調な景気回復にもかかわらず、何故貧困率が高まり続けているのか。確かに、景気拡大に伴い雇用環境も良くなり失業率も低下しているのだが、IoT時代のパラドックスというべきか、雇用の量ではなく質が問題なのである。増えている仕事は、俗にいう「BAD JOB」、つまり付加価値の低い単純労働であり、資源開発、素材供給、生産、流通、販売などのあらゆる局面でネットワーク情報技術が活用され、「雇用なき景気回復」、正確に言えば「高付加価値の仕事を増やさない経済成長」が進行しているといえる。したがって米国においては金融経済の肥大化がもたらす格差の深刻化と、雇用の質の劣化による貧困率の高まりが同時進行する事態を生じており、それが国民の不安と不満を掻き立てているといえる。
  オバマがやろうとしたことは「核なき世界」の実現、「オバマ・ケア」と言われた健康保険制度の充実などを含め歴史的挑戦であった。だがベトナム戦争後に登場したJ・カーターが「癒しの大統領」といわれたごとく、イラク戦争後が生んだ黒人初の大統領は「いい人」ではあるが、「きれいごと」と「建前論」の繰り返しで、米国の世界における主導力を失わせた「弱腰な指導者」というイメージが米国民の中にできあがっているといえる。「偉大なアメリカ」という表現が大統領選で飛び交うのも、強い豊かなアメリカへの郷愁が蘇るのであろう。

 

 

 

本質的課題―――民主主義による資本主義の制御

  

 

 

 この夏、米外交問題評議会(CFR)が発行するフォーリン・アフェアーズ誌に載ったブラウン大学のマーク・プリウス論文「危機の資本主義―――もはや民主主義では資本主義を制御できない」(一六年八月号)には考えさせられた。政治経済学の常識では、資本主義は「市場を通じた資源配分」、すなわち市場による自律調整を原則とする。そして、民主主義は「投票を通じて権力配分」、民意に基づく価値の配分を正当なものとする。そして、民主政治は利潤追求のみに向かいかねない資本主義に対して制動をかけてきた。この民主主義と資本主義の緊張関係のバランスが近現代史の主題でもあった。
特に、第二次大戦後は社会主義陣営との対立を横目に、労働法、社会保障、金融規制など、行き過ぎた資本の論理を制御する制度の導入が国民の意思として選択されるなど、民主主義は一定以上に機能してきた。ところが一九八〇年代から冷戦の終焉以降、「新自由主義」の名による規制緩和とグローバル競争の加速の中で、金融資本が肥大化して優位性を高め、金融破綻が起こっても政府介入による資本の救済が行われるなど、歪んだ資本主義へと傾斜していった。資本の圧力による景気浮揚のための「債務(赤字財政)を前提とする政府」、超低金利下の消費刺激がもたらした「ローンまみれの民衆」など、資本主義を構成する主体はすっかり歪んでしまい、健全な経済社会へと制動をかける力を失ったかにみえる。

 こうした問題意識と資本主義の総本山たる米国の大統領選挙を重ねると、ことの本質が見えてくる。皮肉なことに両候補の政策が一致している点を注目したい。実は両候補ともオバマが進めてきたTPPは見直しか反対であり、証券と金融の垣根を作るグラス・スティーガル法の復活を掲げ、金融規制強化に踏み込むことを主張している。つまり新自由主義からの決別を語っているのだ。市場原理を泳いできたトランプやウォール街を友としてきたヒラリーがどこまで本気かは別にしてサンダース支持者や白人貧困者を取り込むには有効な政策と判断したのであろう。つまり、「資本主義改革」に触れざるをえないほど資本主義の変質は深刻であり、米国の民主主義が機能するかどうかの試金石ともいえる注目点なのである。
「経済の金融化」が進む二一世紀資本主義の変質と民主政治に齟齬が生じ格差と貧困を増幅させていることは、欧州においても政治の中心課題に浮上しており、BREXIT後の英国を率いることになったメイ首相も、就任演説以来「資本主義改革」(格差と既得権益の解消)を強調している。英国も唯一のバイタル産業が一・六km四方のシティ(ロンドン金融街)に集積する金融で、ウォール街と並んでFINTECHと租税回避地を駆使する金融資本主義の居城を抱えている。BREXITの影で、金融規制を嫌うシティ、とりわけシャドーバンク系の意思が働いたことは確かで、メイの資本主義改革も本質に切り込むことは容易ではない。今や地球全体のGDP、つまり実体経済の四倍を超すまでに肥大化した金融資産(銀行の与信、債券・証券市場の総額)、ICTで武装した金融工学の進化により制御不能とさえ思われるマネーゲームの自己増殖をいかに人間社会のあるべき仕組みにおいてコントロールできるのか、それこそが格差と貧困を克服する基点であり、新しい公正な政策科学が求められている。EU一〇カ国が進めている金融取引税の導入など国際連帯税の動きが重要になる。

 おそらく、この「資本主義改革」という世界的テーマが全く自覚できていないのが日本であろう。日本は米国が採用する経済政策の川下に置かれてきた。今世紀に入って、米国の新自由主義的潮流を受け、小泉政権の規制緩和、とりわけ「郵政民営化が本丸」という小泉改革に邁進し、新自由主義のエピゴーネンのような経済学者が跋扈にしていた。ところが〇八年にリーマンショックが起こり政府主導の金融危機の回避に動くと、日本政府は緊急避難的政策であった米FRBの超金融緩和策(量的緩和とゼロ金利)を「デフレからの脱却」という目的に置き換え、政府の主導の下に日銀が「異次元金融緩和」に踏み込んだ。第一の矢「異次元金融緩和」と第二の矢「財政出動」で景気は良くなるというリフレ経済学は機能しないことは、二〇一四年から三年間の日本の実質成長率がゼロ成長軌道を低迷していることが証明している。異次元緩和はエスカレートし、日銀のマネタリーベースは二〇一六年七月には四〇二兆円と二〇一二年比で四倍近くにまで拡大、名目GDPの七割超という異常な金融肥大化状況をもたらしている。欧米も金融緩和基調にあるが、二割程度である。さらにマイナス金利にまで踏み込み、金融秩序の動揺を招いている。産業活動や家計消費など実体経済は動かず、金融政策に過剰依存した経済政策が展開されているのである。

  にもかかわらず、あたかも「株価を上げる政治が良い政治」であるかのごとく時代が動いている。本誌九月号「二〇一六年参議院選挙に見るシルバー・デモクラシーの現実―――それでもアベノミクスを選ぶ悲哀」において、私は日本の高齢者がアベノミクスに拍手を送る構造を解析した。金融資産の保有状況をみると、貯蓄の五八%、有価証券の七二%は六〇歳以上の世帯によって保有されている。貯蓄がマイナス金利を受けて一切の利息を産まない状況となり、年金だけでは苦しくなってきた高齢者にとって、保有する株が上がることへの関心は尋常ではなく、「株を上げること」につながる政策誘導を支持する心理がアベノミクスに向かうという論旨であった。政府主導の金融緩和だけでなく公的マネーを突っ込んでも株価を支える方向に向かい、GPIF(年金基金)と日銀のETF買いだけで、実に三九兆円(一六年三月末)もの額を直接日本株に投入している。その結果、日経新聞が八月末に報じた如く、上場企業の四分の一の筆頭株主が公的マネーという事態が生じており、国家資本主義ともいえる様相を呈しており、健全な市場機能が急速に失われている。アベノミクスに入り三年は外国人投資家の買い越し(ピーク時累計で二一兆円)が日経平均を二・一万円に押し上げたが、今年に入って八兆円の売り越しとなり、代わって公的マネーの投入でなんとか一・六万円台を維持している。これがなければ、日経平均は既に一・二万円を割り込んでいるであろう。株価の維持が政権基盤となり、安易に株価を上げる政策だけに誘惑を感じるという高齢者心理で政治が動くという現実を噛み締める必要がある。二〇一六年のシルバー川柳の当選作「金よりも大事なものが無い老後」には、笑えない現実が滲み出ている。
 日本のような産業国家は、「経済の金融化」に振り回されることを極力避けねばならない。マネーゲームを抑制し財政を健全化し、技術を重視する産業政策をもって実体経済に地平を拓かねばならない。世界が「資本主義の改革」を遡上に乗せざるをえなくなった今こそ議論の先頭に立たねばならない。日本のシルバー・デモクラシーにとって真正面の課題である。

 

  

 

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