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岩波書店「世界」2016年3月号 脳力のレッスン167 二〇一六年への視座―宗教とマネーゲーム

  ロンドン・エコノミスト誌は、今年も新年展望 “The World in 2016”を発表した。英国からみた世界展望であり、一つの見方にすぎないが、「米国を通じてしか世界を見ない」という傾向にある日本のメディア環境を考える、欧州の目線は示唆的である。私は一九八七年に創刊されたこのロンドン・エコノミスト誌の新年展望に三〇年近く目を通してきたが、この分析と展望は、同誌のシンクタンクEIU(エコノミスト・インテリジェンス・ユニット)によるデータ解析の集約点でもあり、内外の雑誌の断片的展望を並べた新年展望とは異なり、体系性において注目すべきである。日本語版が日経BPから『二〇一六年世界はこうなる』として発行されているが、二〇一五年の日本語版で「アベノミクスに厳しい評価をした日本に関する論稿」を全文削除するという不可解な面があり、できれば原文で読むことを薦めたい。
 昨年の “The World in 2015” では、二〇一五年について、「指導力の欠如」「無秩序」「分断」という三つの言葉を提示していたが、確かにIS(イスラム国)なるテロリスト集団に翻弄され、恐怖の中でイスラムへの偏狭な拒絶反応を示し始めている欧米社会を見ていると、世界は混沌に向かっているように見える。

 さて、同誌の二〇一六年の展望だが、編集長が提示したキーワードは、WOES(災禍)、WOMEN(女性)、WINS(勝利)の「三つのW」である。まず、WOESとはあまりに不気味な予見だが、無秩序を通り越していつ災いが襲ってくるかもしれない現実を象徴する言葉と言える。次のWOMENは、表紙の中心にドイツのメルケル首相、米国の大統領候補ヒラリー・クリントン、米中央銀行(FRB)のイエレン議長を並べて、「危機の時代こそ女性が活躍」という認識を提示している。WINSは、ブラジルでの五輪などスポーツの世界的イベントが予定されていることを象徴する言葉ともいえるが、重苦しい時代状況への救いを求める心理の投影でもあろう。新年早々、この新年展望、とりわけWOESはすでに現実のものとなりつつあるとさえいえる。「災い」はどこからくるのか。「宗教」と「マネーゲーム」の歪みから醸成されているようだ。


宗教の復権への向き合い方

 昨年、一月、一二月と二度にわたりパリを襲ったISのテロの余燼くすぶる中、二〇一六年に入っても世界各地でテロは続き、特にドイツのケルンで発生した難民による集団暴行事件は、これに反発する極右勢力の台頭と相俟って、世界を暗澹とした気持に陥れている。苛立ちの中で、異教徒を一括りにして排除する空気が充満しているのである。米国の大統領選挙における共和党候補D・トランプが「米国にはイスラム教徒を入国させるべきではない」と発言し、一定の拍手が起こるところにまで米国も追いつめられている。それは、合衆国憲法第一条「宗教の自由」の否定であり、トランプ自身の祖父がスウェーデンからの移民であったという「移民の国アメリカ」を否定することだからである。世界は宗教という要素によって、歪んだ形で突き動かされ始めている。その意味で、戦後の国際政治に大きな影響を与えたH・キッシンジャーが近著 “World Order” (二〇一四)で示している視点は示唆的である。彼は、世界は四〇〇年ぶりの構造転換に直面しているとして、一六四八年のウェストファリア条約を持ち出している。この条約は、宗教戦争といわれた三〇年戦争と、カトリックのスペインに対するプロテスタントのオランダの八〇年におよぶ独立戦争の終結において結ばれたもので、欧州がローマ教皇という宗教的権威からの政治の解放と各国間の勢力均衡の中での共存を確認する転機となった条約である。つまり、近代国際秩序の起点となった条約であったが、それ以来の転機ということは、世界政治を動かす要素として再び「宗教」が蘇ってきたことを意味する。

 確かに、冷戦の終焉から二五年、イデオロギーの対立の時代は終わり、地球が一つの市場となる「グローバル化」なる時代に向かうと思っていたら、宗教とか民族といった要素が再び頭をもたげ、紛争や対立の火種となってきた。忘れがたい思い出は、昨年亡くなったドイツのシュミット元首相の言葉である。二〇〇九年五月、ベルリンのOBサミットの専門家会議に参加する機会を得、三日間、何度となく食事をしながら彼の話を聞いた。北朝鮮の脅威が話題になった時、彼は次のように言った。「北朝鮮のことなどもはや重要な話ではない。なぜなら、今の北朝鮮には世界の若者を引き付ける理念がない。かつて、カストロでもゲバラでも、強大な脅威ではなくとも若者の心を引き付ける力があり怖かった。いま最も恐れるべきはイスラムだ。コソボ紛争、イラク戦争とイスラムを血まみれにしているが、欧州にもイスラム人口が増え続け、恨みと憎しみに満ちた目で事態を見つめている。二一世紀欧州の最大の課題は、イスラムとの対話だ」 シュミットの視点は的確だったと思う。改めて、イスラム対キリスト教の歴史的関係を再考するならば、この話の根深さに慄然とする。遺恨の積み上げと敵対を通じたアイデンティティの確立の繰り返しだからである。
 
 そもそもイスラムはキリスト生誕から約六〇〇年後に、アラビア砂漠に忽然と現れたムハンマド(五七〇年頃~六三二年)なる商人出身の預言者によって開かれた宗教であり、教義においてキリストの神性を否定し、自らを唯一の絶対神の下の「預言者」として、モーゼ、キリストと同列に置いた。コーランにおいてキリストの三位一体性を否定し(第五章七六~七九節)、当時キリストなる存在(神なのか人なのか)を巡り混乱していたキリスト教側の事情を背景に登場してきたイスラムは、キリスト教にすれば「神の子キリスト」を否定して「キリストも一個の使徒(預言者)」とする「怪しげで不快な仇敵」となった。
登場からわずか一〇〇年で、ビザンツ帝国を中東から追い払ったイスラムは征服軍となって欧州に迫った。ダマスカスを首都とするウマイヤ朝イスラムが七一五年にはイベリア半島を制圧し、七三二年にはピレネーを超えフランク王国と衝突する。これが第一の衝突である。この時、欧州はイスラムの脅威を目前にして「キリスト教共同体」としての自覚を高めた。
イスラム史を貫く特色として気付くのは、預言者ムハンマド自身が弾圧を跳ね返して、六三〇年に一万の軍勢を率いてメッカ征服を成し遂げたごとく、宗教的権威(神の使徒)と政治的権力(イスラム共同体・ウンマの統治)が一体となって動くことであり、征服(ジハード)へ向かう衝動を内在させていることである。わずか一世紀でペルシャからイラク、シリア、北アフリカ、イベリア半島を一気に制圧した理由はここにある。このことは、今日、ISなる存在が、国家を称して唐突に現れる伏線になっている。

 二回目の衝突が一一世紀末から約二〇〇年にわたる十字軍である。アナトリアのセルジューク朝の勢力拡大に対するビザンツ皇帝からローマ教皇への救援要請を受け、一〇九五年のクレルモン宗教会議で「聖地回復の義務」が宣言され、一二二一年の第五回まで、エルサレムを目指し熱病のごとくくりかえされた十字軍は、キリスト教・イスラムの相互にとって「敵対心とアイデンティティ」を増幅する埋め絵となった。
 三回目の衝突が、オスマン帝国と欧州の血みどろの戦いである。イベリア半島における「国土回復運動」が、一四九二年にはグラナダの陥落をもたらし、欧州からイスラムを撤退させたものの、オスマン帝国の脅威は厳然と存在した。大航海時代とは、中東におけるイスラムの壁を迂回してインド・アジアにアプローチする欧州の苦闘でもあった。一五二九年と一六八三年、神聖ローマ皇帝の居城で当時の欧州の中ともいえたウィーンがオスマンの軍勢に二度包囲され、陥落寸前に追い込まれた。欧州のトラウマは深く、今日でも欧州では母親が子供をしつける時、「トルコ人が来るよ」という逸話があるという。

 さて、イスラムと西欧社会との衝突の歴史の根の深さを概観してきたが、最も肝心なこの一〇〇年、四回目の衝突とその展開を我々は目撃していることになる。今年、二〇一六年はサイクス・ピコ協定から一〇〇年目となる、第一次世界大戦を背景に結ばれたこの協定は、オスマン帝国解体後の中東を欧州列強(英仏)が分割統治すべく「人工的に国境線を引いた秘密協定」であり、今日の中東の国境の原型である。シリアとイラクの国境線を超えてISなる疑似国家が跋扈し、昨年だけで一〇〇万人を超す難民が欧州に流入した」という情報に接する時、一〇〇年前の歴史の因果が逆流している思いがするのである。一九六八年、半世紀にわたり中東に覇権を維持してきた英国がスエズ運河の東側から撤退、代わって米国がペルシャ湾の覇権を確立、一九七〇年代はイランのパーレビ体制を支えてペルシャ湾の秩序を維持していた。ところが、一九七九年ホメイニ師率いるイスラム原理主義革命によってパーレビ体制は崩壊、衝撃を受けた米国は、隣国イラクのサダム・フセインを支援して、一九八〇年九月から八年間にわたるイラン・イラク戦争に側面協力、一九九〇年には増長したサダム・フセインがクウェートに侵攻して湾岸戦争に至り、ついには自らが育てたモンスターというべきサダムを処断することになった展開が9・11後のイラク戦争であった。つまり、「敵の敵は味方」という短絡的判断で中東を掻き回し、混迷を増幅してきた米国の地域政策の失敗の歴史が見えるのである。

 現在、中東で進行している最も重要なことは、過去一〇〇年、「大国の横暴」によって動かされてきた地域が、大国の力が相対的に後退して、自らの運命を自分で決める力が高まっていることで、その象徴ともいえるのが地域パワーとしてのイランの台頭である。気が付けば、米国はイラク統治の失敗によって、ペルシャ湾の北に巨大なシーア派のゾーンを残して湾岸から後退しつつある。
 皮肉な話で、サダム政権を打倒し、「イラクの民主化」を掲げて選挙を行ったことにより、人口の六割以上がシーア派のイラクもシーア派主導の政権となった。イランの影響力を顕在化させるゾーンたる「シーア派の三日月」がイラン・イラク・シリアにかけて形成されたのである。追い詰められたスンニ派の過激派勢力がイラク・シリアの国境線を超えて跋扈し始めたのがISの原型である。
 昨年、そのイランが核開発を凍結することで合意し、一月にはイランへの経済制裁が解除され、イランの原油の生産が日量五〇〇万バーレル(昨年は三六〇万バーレル)を超して、国際市場に出る局面を迎えている。これはサウジアラビアが最も懸念する事態であり、新年に入りサウジ・イランが国交断絶に踏み切った背景にある要因でもある。イランが強大化し、石油収入を拡大すれば、イランが背後から支援するレバノンのヒズボラ、パレスチナ過激派(ハマス)、イエメンの反政府勢力(フーシ派)を勢いづけ、中東をさらに緊張させることになるであろう。

 宗教対立の根は深い。しかも、根っこには石油権益や政治抗争などの要素が絡む。単純で表層認識での関与を拒否する。本質的問いとして、人間は何故、宗教のためとして人を殺すのであろうか。本来、宗教は救済であり、赦しであり、解脱(欲望の制御)であるはずだ。ただ信仰が深ければこそ、自分以外の信仰は誤りであり、排除されるべしという確信に変わる。特に、中東の一神教は異教徒への妥協なき戦いに向かう。だが、それでも歴史の教訓に学ぶならば、この問題の解答は相互の共存の容認しかない。それ故に、それぞれの宗教の中心に立つ指導者・権益者の「対話と協調」が重要となる。
 宗教の名における殺人さえ正当化がなされる局面において、日本人がこの問題に向き合う姿勢には自らの文化の蓄積を熟慮した賢さが求められる。単純に「テロとの戦い」という言葉に共鳴して、一方の武力攻撃に肩入れして他方の逆恨みを引き受ける愚に踏み込んではならない。宗教的多様性を重んじる日本がなすべきことは、常に宗教対立の外に立ち、「世界宗教者会議」などの宗教間対話の枠組み作りに知恵を出し、主導することであろう。武力による解決ではない第三の道があることを示すべきであろう。中東に領土的野心を抱いたこともなく、軍事介入したことも武器輸出もしたこともない日本は、基本的に中東諸国、および人々から信頼され期待されているというのが、中東協力現地会議(中東協力センター主催)にこの一二年間参加してきた私の実感である。


堅調な米国経済とリスクの顕在化 — リーマンショック再び

IMFは一月一九日に定例の世界経済見通しを発表した。昨年、二〇一五年の世界全体のGDP成長率(PPPベース、実績見込)は実質三・一%と、前年の三・四%成長と回復基調を予測しているが、昨年一〇月時点での予測三・六%に比べれば、世界経済は明らかに下方修正局面にある。先進国のなかでは米国が堅調であり、実質成長率は、二〇一三年一・五%、二〇一四年二・四%、二〇一五年二・五%と右肩上がりであり、今年については二・六%成長が予測されている。欧州(ユーロ圏)は、ギリシャ危機などを内在させながらも、昨年は一・五%成長を実現し、二〇一六年も一・七%成長を予測している。
 問題は日本で、二〇一四年のゼロ成長、昨年も〇・六%程度の実質成長で、実体経済は動いていない。二〇一六年は一・〇%成長を予測しているが、改定の度に下方修正を繰り返しており、アベノミクスに入って三年、異次元金融緩和と財政出動を続けている割には、依然として第三の矢(成長戦略)は飛ばない。BRICSといわれた新興国の失速が目立つ。ブラジル、ロシアは二年連続のマイナス成長(ブラジル:一五年▲三・八%、一六年▲三・五%、ロシア:一五年▲三・七%、一六年▲一・〇%)が予想され、中国も昨年は六・九%にまで原則、今年も六・三%成長と予測され、かつての一〇%成長軌道からは明らかに異なる局面に入り、実体は五%を割っているのではという見方もある。堅調なのはインドのみで、去年は成長率で中国を抜き、七・三%成長を実現、今年も七・五%成長が予測されている。

 それにしても、年明けの世界の株式市場の乱高下は凄まじい。日経平均も昨年末比、一時三〇〇〇円以上も下落した。株価の動きに一喜一憂する必要はないが、背景にある構造は見抜く必要がある。基本的には、昨年末に米国が政策金利を〇・二五%引き上げ、ゼロ金利を脱したことにより、世界の資金が相対的に金利の高い米国、おそらく本年中に一%水準に引き上げを模索すると予想される米国に還流する流れが形成されていることである。
 その基調変化の中で、「原油安」という要素が思いもかけないリスクとなってきた。二〇一四年央までバーレル一〇〇ドル水準にあった原油価格が、三〇ドルを割るところまで下落してきた。原油価格下落の要因は、世界経済の減速という需要側の要因もあるが、供給過多、つまり原油が出すぎているのである。何よりも、米国の原油生産が一二〇〇万BDの水準に達し、世界一の原油生産国になったという点がある。一方、OPEC(石油生産国機構)全体で約三六〇〇万BDを生産しているが減産や生産調整の合意形成は難しい局面にある。前述のごとくイランへの経済制裁が核合意によって解除され、国際市場にイラン原油が入ってくる流れを、サウジアラビアなど湾岸産油国は強く警戒しており、「イランつぶし」で減産に踏み込もうとしない。

 また、昨年末、米国は一九七五年以来四〇年ぶりに原油の輸出を解禁し、既に欧州や日本を含むアジア向けの輸出を始めた。本音に「ロシアの牽制」が見え隠れする。化石燃料しか外貨を稼ぐ手段のないロシアにとって原油価格の下落は致命的である。あらゆる意味で、当面は原油価格を下方に向かわせる要素しか見えないのが現状である。一月二四日現在、WTIはバーレル二六ドル台にまで下落している。
 日本へのインパクトも波状的に襲いかかってきた。まず動いたのが日本株に入っていた産油国のオイルマネーであった原油安で急速に悪化した産油国財政を補うため、日本株への投資は累積二〇兆円を超す買い越しとなっていたが、このオイルマネーの剥落で、一七兆円前後にまで減少した。さらに、不透明感を加速させているのが「ハイイールド債」のリスクの顕在化である。
 ハイイールド債とは、かつては「ジャンクボンド」といわれたハイリスク・ハイリターンの低格付け債のことで、ウォールストリートの懲りない人たちによって生まれ、リーマンショック後に警戒心を高めた世界の金融市場に形を変えて売り込まれた債券である。折からの米国の「シェールガス、シェールオイル・ブーム」に乗って、リスクはあるが利回りの期待できる投資として、エネルギー分野のハイイールド債が世界中の超低金利にあえぐ資金を引き寄せた。

 ところが、想定外の原油価格の下落で、デフォルト(債務不履行)に至る債券が増え始め、ハイイールド債のスプレッド(米一〇年国債との利回りの差)は危険水域の七%に達した。これがリーマンショックのような金融危機に波及することのないように、細心の対応が迫られる局面にある。
 ハイイールド債のリスクは日本にも影を投げかけている。国債の利回りが一〇年もので〇・二%などという現実を背景に、資金運用力に欠ける金融機関は「ハイリターン」に惹かれて、ハイイールド債に吸い寄せられており、年金の運用機構GPIFもハイイールド債への運用で毀損が生じる可能性を内包している。
 表層判断するならば、原油価格の下落はガソリン価格や電気料金、航空運賃のサーチャージを下げ、日本経済の追い風要素となる面もある。だが、エネルギーの分野に「ハイイールド債」などマネーゲーム的要素が絡み付くと、話は複雑化し、金融不安を招来しかねないリスクが臨界点に近づくのである。本質的に考えるならば、金融政策に過剰に依存して金融を異次元緩和して調整インフレを引き起こし、それを成長戦略の起爆剤とする「リフレ経済学」の限界と弊害が顕在化してきたことに気付かねばならない。

 実体経済の成長率よりも金融活動による資本収益率が大きい状況を政治主導で誘導することは、必ず経済に歪みをもたらす。マネーゲームの恩恵を受ける人とそうでない人との格差と貧困、金融工学を駆使した手の込んだ金融商品がもたらす制御不能なまでに肥大化したリスク、経済社会は加速度的に腐敗していく。今世紀に入ってからだけでも、エンロンの崩壊(二〇〇一年)、リーマンショック(二〇〇八年)と、金融不安を繰り返し、格差と貧困は一段と深刻になっている。「資本主義の死に至る病」とまでいわれるマネーゲームの肥大化をどう制御するのか。技術と産業に軸足を置いた「健全な経済社会」を志向する新しいルール作りに(たとえばグローバルな金融取引税導入など)が求められていることは間違いない。
 リーマンショック後、緊急避難的に「リフレ経済学」を主導してきた総本山ともいえる米国は、量的緩和(QE3)を二〇一四年一〇月に終わらせ、ついにゼロ金利も解除して金融政策の出口に出た。日本は出口なき異次元緩和に埋没したままである。「黒田バズーカ」などどいって政治的に金融を弄ぶことの副作用は大きい。

 
     

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