Monday, Feb 18th

Last updateTue, 12 Feb 2019 6pm

You are here: Home 寺島文庫の試み 寺島文庫通信

2013年第32号より2013年第32号より

ジャパンエフエムネットワーク 「月刊寺島実郎の世界」

寺島実郎が語る歴史観
 ― 17世紀オランダからの視界『キリスト教の伝来と禁制』

 今号では、2013年7月27日(土)(首都圏28日(日))に、TOKYO FM他、全国FM各局にてオンエアされた 「寺島実郎が語る歴史観―17世紀オランダからの視界『キリスト教の伝来と禁制』」をダイジェストでご紹介します。

 ■ 収録イメージ

<ダイジェスト>
 日本にキリスト教が伝わったのは、1549年イエズス会のフランシスコ・ザビエルによる鹿児島上陸当時という説が広く知られているが、実は7世紀から8世紀にかけて、シルクロードの民・ソグド人から中国へ、そして中国から日本へ伝わっていた。記録によれば736年に「ネストリウス派キリスト教」が「景教」という形で日本に伝来。さらに遡って635年にペルシャ人僧のアロペン(阿羅本)が長安にネストリウス派キリスト教を伝え、638年には大秦寺を建てたとある。当時の日本が「大化の改新」の10年前だったことを考えると非常に興味深い歴史の流れを感じる。その後、現ウズベキスタンに住むイラン系のソグド人商人たちが東西交易に大きな役割を果たすと同時に、中国に仏教やキリスト教を浸透させていった。こうして大秦寺を拠点に、中国で景教が広まっていったが、845年武宋皇帝による道教保護のため景教は弾圧を受け、急速に衰えていった。

 なぜ、キリスト教は8世紀ではなく、800年後の1549年以降に日本で大々的な広まりをみせたのか。日本精神史の土壌と近世を迎える頃の社会構造の変化が関係していると思われる。キリスト教は大きくカトリックとプロテスタントに分かれ、16世紀初頭からフランシスコ会、ドミニコ会などの修道士がポルトガル国王の援助を受けながらインド・ゴアを拠点に東方布教を開始し、イエズス会のザビエルがリスボンからアジアに向かった。1542年、ザビエルはゴアに到着、マラッカ滞在中に日本人のアンジロウらに出会って日本での布教活動を決心、49年に鹿児島に上陸し平戸や山口、そして大友宗麟がいる大分県で2年余り布教活動に専念した。ザビエルの来日から1587年の「伴天連追放令」まで、日本人キリシタンの数は実に40万人とも言われた。現在は113万人で人口の1%にも満たないことを考えると、当時どれだけの浸透力を持っていたかがわかる。

 では、なぜこんなに短期間に浸透したのか。3つ理由が挙げられる。まず、16世紀の日本が「中世から近世への転換期」という社会的背景の中にあったこと、2つ目は親鸞の登場により、仏教が国家から民衆のものへと転換していったこと。3つ目は、宣教師たちの努力と苦闘であり、絶対神のもとでの平等を信条とするキリスト教に民の心が動いたからだ。そんな中で、突然、秀吉による「伴天連追放令」が発令された。理解ではなく、戦略として比叡山や一向宗勢力に対抗するためにキリスト教を保護した信長とは違い、実利主義を常としていた秀吉は、キリスト教を警戒しつつも、ポルトガルとの交易を重要視していたため、布教活動を許可するなど、ある程度の理解を示したが、イエズス会の準管区長コエリョが長崎から回航し、乗船した際に、イエズス会の船が大砲を積んでいることなどを知り、急激にスペイン・ポルトガルへの危機感が現実味を帯びたようだ。その後、徳川政権においてキリシタン禁制はどのようになるのか、深めていきたい。
   
    ☆ 過去の放送内容・今後のOAスケジュールは、JFN ONLINEをご覧ください。(下記バナーをクリック)
   


2013年第31号より

多摩大学 寺島実郎監修リレー講座2013(春学期) 最終講義

 2013年7月11日(木)、多摩大学多摩キャンパスにて多摩大学リレー講座2013春学期最終回・寺島学長講義が「日本の進路-2013年夏という局面」をテーマに開講しました。
 初めに寺島は、直後に迫った参議院議員選挙も見据えながら、これまでのアベノミクスの総括を行い、成長戦略を具体的な実行計画へと実体化することができなければ、日本に流れ込んでいる海外の資金は流出し、株高幻想は崩壊するだろうと警鐘を鳴らしました。
 続いて、米中の緊密な対話や米国と欧州のFTA協議など注視すべき世界のダイナミズムや、バイオリファイナリーに代表される新たな再生可能エネルギーの胎動、原発のあり方に対する視座などに触れた後、本講座の総括として最新の著書『何のために働くのか-自分を創る生き方』に話題が及びました。
 グローバル化やIT革命によって労働の断片化や平準化が進んだことで、労働分配率は下がり、中間が排除された労働構造になるなど、若者が納得のいく仕事に出会うことが難しい世の中になっていることを指摘し、自分探しをしたところで何も見つからない、飛び込んでその中から掴み取ったものしか本物にはならないと同書のテーマを語りました。そして聴講者にも、ただ聞くのではなく、リレー講座を自分の考えを深めるきっかけとして欲しいと語りかけ、春学期を締めくくりました。
 なお、同リレー講座の秋学期は10月3日(木)開講が予定されており、9月上旬から申込受付が開始されます。

 ☆ 多摩大学リレー講座2013秋学期の開催スケジュール・お申込み方法は下記バナーより確認できます。
 

2013年第30号より

バイオリファイナリー関連セミナーin四日市

主催:三重県
 
5月27日(月)、三重県・四日市都ホテルにて「新たなビジネスの創生に向けて」をテーマに企業関係者や行政関係者など約150名を対象に三重県主催セミナーが開催されました。昨今の資源の枯渇、エネルギー需要の拡大など、世界規模での環境・エネルギー問題、さらには東日本大震災以降のエネルギー制約を背景として、環境・エネルギー関連分野は新たな成長分野として期待されています。このような環境・エネルギー関連分野の次世代産業を担うバイオリファイナリー・バイオケミカルは、発酵・抽出技術などの製造技術、プラントの設計・施工技術、機器製造技術やメンテナンス技術など日本が強みを有する技術分野であり、新たな産業創生が期待されています。
 
 このように新たな産業創生を目指す「みえバイオリファイナリー研究会」が同日設立され、キックオフセミナーとして同研究会特別顧問である寺島実郎が「総合エネルギー戦略の中でのバイオリファイナリーの意味」をテーマに講演を行いました。まず世界のエネルギー情勢にふれながら、日本のような先進的技術を有する国は化石燃料に過度に頼ることなくエネルギーソースを多角化することが重要であると述べました。そういった文脈の中で燃料だけでなく化学製品の製造までをも可能にするバイオの大きな可能性について言及しました。バイオリファイナリーを進めていくなかでの三重県・四日市が有する強みとしては、石油化学コンビナートを核に日本をリードする技術を持った企業群があり、プラントがあること、森林資源や海洋資源に恵まれていることなどを挙げました。
 さらに、住民参画型の環境・エネルギー戦略としてバイオリファイナリーを進めていくことが可能であるとし、分別して作り出した生ごみ(ソフトバイオマス)から新しい産業や雇用が生み出されていくことを実感できる「住民が参画するプラットフォーム」を形成することができればこのプロジェクトがさらに大きな意味を持つとしました。
 最後に寺島は、研究会座長である京都大学の植田充美教授が有する世界的に優位性のある技術や、ポテンシャルを持った企業や豊富な資源等をバックグラウンドとして、様々な主体を参画させながらいかに具体的なプロジェクトとして進めていくか、まさに「プロジェクトエンジニアリング」が今後の三重県・四日市での取組の鍵になると語りました。

 

2013年第29号より

第2回 アジアの安心・安全に関する技術基盤研究会
主催:日本ロボット学会

会場 : 文庫Caféみねるばの森

 5月16日(木)、「災害対応システムとナショナル・レジリエンス」をテーマに第2回の研究会が開催されました。
 まずNEDOの川島正氏から「災害対応無人化システム研究開発プロジェクトの成果」として、福島第一原発でも活躍が期待される多様なロボットについて、映像を交えながら紹介されました。過酷な災害現場に対応するための最新の研究成果に会場の注目が集まりました。
 続いて内閣官房参与でもある藤井聡京都大学大学院教授から「ナショナル・レジリエンスの確保」と題して講演が行われました。日本が直面する危機を乗り越えられる「強靭性」を獲得するために防災ロボットは不可欠な要素のひとつで、有事に備え常に維持しなければならない国家の機能であること、技術を発展させるために官民が協調してマーケットを育成することの必要性などを、人類のイノベーションの歴史を紐解きながら熱弁する藤井教授に、参加者から時間を忘れて質問が相次ぎました。日本の誇るロボット技術が世界に貢献していくことを目指し、寺島文庫を舞台に社会政策など多様な分野とのシナジーが拡がっていくことが期待されます。

2013年第28号より

寺島文庫・GIN総研フォーラム 開催報告
会場 : 日本工業倶楽部会館

 4月19日(金)、「寺島実郎の視座―2013年の世界と日本を見すえて」と題した寺島文庫・GIN総研フォーラムを開催しました。日本工業倶楽部会館2階大会堂に集まったおよそ130名の聴講者に対し、寺島は、チンパンジーと人間のDNAの差異や、最近発見された5300年前のアイスマンから得られた最新の科学的知見を材料として、人間とは何か、また人類の進歩とは何かといった根源的な問題を提起して講演をはじめました。
  
 まず、17世紀オランダを出発点として、現代社会を構築した「近代」の諸相を解き明かし、可能な限り長い「歴史の射程距離」の中から現在を見つめる視座を聴講者に求めました。しかし、現在の日本人は、株価の動きに目を奪われ、また周辺国に舐められたくないという小さなナショナリズムに陥っており、昨年まで日本を覆っていた原発に関する議論すらも人々の関心事ではなくなったとして、浅薄な時代認識を危惧しました。また、現在の株高も外国人投資家による「売り抜く資本主義」の誘導であり、決して実体経済に基盤を置いた「育てる資本主義」ではないと指摘しました。そして、アベノミクスのインフレターゲット政策は「失われた20年」の被害者である資産家には恩恵を与えるが、実体経済を支える労働者の家計を潤わせるのかは疑問としました。特に労働人口の34パーセントが年収200万円以下という現状を改善できるのか、今後も注意深く見守る必要があり、将来「あれはいったいなんだったのか」と反省することがないようにと警鐘を鳴らしました。

 次に話題を国際関係に転じ、尖閣問題を巡る日米中関係を俎上に上げました。アメリカは、現在の険悪な日中関係に巻き込まれることを避けており、日中両国の期待を繋ぐため曖昧な態度に徹している。さらには米中戦略対話等を通じて米中両国は日本人の想像以上に信頼関係構築に努めているとの現状を確認しました。しかし、日本人は米中対立を願うばかりであり、しかも頼みのアメリカからも4月28日の「主権回復の日」式典を戦後秩序を否定する右傾化の兆候と受け取られる恐れがあるとして、日本の適切な現状認識と対応を求めました。
 
 寺島の講演終了後、会場をレセプションホールに移し、ご参加の皆様相互の交流や寺島との懇談が行われ、大いに親睦を深めました。